氷室冴子青春文学賞の創設にあたって

設立趣旨

我が国が第二次世界大戦後の荒廃から立ち直った昭和30年代始め、北海道の雪深き地方都市に生まれ、高度経済成長期に育ち、物語を書き始め、その高揚の時代の終焉であるオイルショックの年に大学を卒業し、職業作家を志し、1980年代から1990年代に数多くの作品を発表した氷室冴子。

彼女は、戦後民主主義の世の中になっても、人生の主役は男性中心である時代の現実を打ち破るような、感情豊かな魅力的な女性をヒロインにした物語を生み出し、同時代を生きる若い女性を中心に多くの支持を得た。氷室冴子が描いた日本の小説にそれまでになかった自由な新しい女性像は、次の世代の作家に大きな影響を与え、彼女を切り開いた物語の地平線は現在では限りなく大きく広がっている。

氷室冴子は、わが国の小説のフロンティアを開拓し、それまでにない新世代のための物語を紡ぎだし、同時代の若い読者の共感を得た瑞々しい女性像を生み出したように、“今”をイメージできる女性を主人公にした若い魂を揺さぶる小説を見つけ出し、これからの物語の可能性を広げていくことを目指し、この賞を創設する。

氷室冴子青春文学賞実行委員会 代表 木村 聡

実行委員会

氷室冴子青春文学賞実行委員会

氷室冴子について

プロフィール

■ 氷室冴子 ひむろさえこ

本名 碓井小恵子(うすいさえこ)、1957年1月11日生まれ。北海道岩見沢市出身の作家。子ども時代を岩見沢市で過ごし、岩見沢東高校から藤女子大学国文科へ進学、在学中の1977年、「さよならアルルカン」で第10回小説ジュニア青春小説新人賞の佳作を受賞しデビュー。1980年代から1990年代にかけて集英社コバルト文庫を代表する看板作家として活躍、久美沙織、田中雅美、正本ノンとあわせてコバルト四天王と呼ばれていた。その後も数々のヒット作を残し、『海がきこえる』はスタジオジブリでアニメ化された。2008年6月6日わずか51歳で逝去。

■ 氷室冴子の生涯

○ 北海道岩見沢市で多感な子ども時代を送る。岩見沢第二小学校、岩見沢市立緑中学校時代から理知的で活発な少女であった(同級生談)。興味のあることに没頭し、追求する性格で、習い事も熱心に通った(家族談)。

○ 地元の進学校、岩見沢東高校へ進学。学業優先に過ごす。小説に登場する人物や場面も学生時代の経験が多い様子。卒業アルバム委員として、アルバムを編集した。

○ 藤女子大学国文科へ進学。当時流行だった構造主義に傾倒し、志賀直哉の文庫をばらして1日1ページのペースで文章の解析を行うような学究生活を送る。論文や小説など、研究対象は広く、堀辰雄研究を卒業論文のテーマとした。

○ 大学3年生の時、賞金目当てで、「第10回小説ジュニア青春小説新人賞」に応募、佳作を受賞。職業作家志望ではなかったものの、この時の受賞作「さよならアルルカン」で1977年(昭和52年)小説家としてデビューを果たす。

○ 大学卒業後、就職が決まらず、母親との喧嘩がきっかけで家を出て、高校時代からの友人と共同生活を始める。この時代が元になっている作品が、のちに職業作家としての道が確立することになった『雑居時代』である。家賃から雑費まで1ヶ月2万円弱の貧乏生活をスタート。小説を書いては出版社に送る日々であったが、藤女子大学付属中学校の女子寮がモデルとされている『クララ白書』を刊行、1980年代の幕開けであった。

○ 1981年(昭和56年)に北海道から宝塚へ転居。宝塚歌劇をモデルにした漫画『ライジング!』の原作を手がけることになったため、小説家であることを隠してファンクラブに潜入、若手スターの追っかけをしながら原稿を執筆する。1年ほど宝塚で暮らし、ファンクラブ内では準幹部まで出世したという。

○ 1982年(昭和57年)、『雑居時代』が重版を重ねることで職業作家としての道が確立し札幌に戻ったが、長距離電話代の請求額にショックを受けて翌年上京。これと平行して隔月雑誌『小説コバルト』に『ざ・ちぇんじ!』『シンデレラ迷宮』などを発表。『なんて素敵にジャパネスク』シリーズで一躍集英社コバルト文庫の看板作家としての地位を確立。少女小説ブームの立役者として活躍した。

○ 次第にコバルト以外にもフィールドをひろげ、エッセイや評論、自伝的小説などを出版、高い評価を受ける。徳間書店のアニメ情報誌「アニメージュ」で連載した『海がきこえる』は1993年(平成5年)にスタジオ・ジブリでアニメ化され、その後、実写化もされた。

○ 1990年代後半は体調を崩しがちになり、目立った執筆活動はなかった。2000年代は漫画賞の選考委員や雑誌の取材で平安時代小説について寄稿したりしていた。病気の宣告を受け、自らの終活に取組んだ。

○ 2008年(平成20年)6月6日午前9時、肺がんで死去。享年51歳。

○ 生前親交の深かった当時の日本橋学館大学准教授、田中二郎氏が、毎年命日に「藤花忌」を開催。没後10年経ついまなお、全国からファンが集まる。

作品紹介

プロフィール

■ 氷室冴子 ひむろさえこ

第10回小説ジュニア青春小説新人賞 佳作1977年(昭和52年)に小説家としてデビュー
【デビュー作品】「さようならアルルカン」

第一回氷室冴子青春文学賞

集英社コバルト文庫を代表する作家であり、
少女小説の分野で
新しい世界観を提示した氷室冴子氏の功績を讃え、
「氷室冴子青春文学賞」が創設されました。
このたび、その記念すべき初回となる
「第一回氷室冴子青春文学賞」を開催します。
本賞では「青春」をテーマにした作品を募集し、
まだ発見されていない優れた才能を発掘します。

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募集内容・応募要項

▼募集作品
「青春」をテーマにした小説を募集。
「青春」の要素を含んだ作品であれば、ジャンルに制限はありません。

▼応募資格
年齢、性別、職業、国籍は問いません。

▼応募方法
応募方法①、②どちらかを選択する
①エブリスタの投稿機能を利用して応募
エブリスタの会員登録(無料)を行い、通常投稿機能を使って作品をエブリスタ上に公開し、応募する。

②wordファイルでの応募
エブリスタの会員登録(無料)を行い、「wordデータ応募フォーム」に規定の原稿(wordファイル)をアップロードし応募する。
(イベント開始日にページ内に応募フォームが開設されます。)

エブリスタ内特設ページ(estar.jp/_ofcl_evt_outline?e=153669)

▼応募規定
20,000字~60,000字(400字詰め原稿用紙50枚~150枚)の作品。
・wordファイルを投稿して応募される場合、エブリスタ上では作品が非公開になります。
・選考の対象は、日本語による言語表現作品一般とします。
・応募は過去に受賞歴、出版歴、書籍化予定がないオリジナル作品に限ります。ただし、エブリスタ主催の賞で受賞歴のある作品は、出版歴・書籍化予定がなければ応募可です。
・現在他の文学賞(エブリスタサイト内で開催中のものも含む)に応募中の作品は審査対象外となります。
・完結作品であることが必須です。
・受賞作はエブリスタサイト上で公開されます。
・選考に関するお問い合わせには応じられませんのでご了承ください。

スケジュール&賞典

募集期間:2018年1月15日(月)~3月15日(木)

結果発表:2018年7月上旬(予定)

※トロフィーに変更になる可能性があります。
※受賞者は、2018年7月13日(金)に北海道岩見沢市で開催される授賞式に招待されます。
※岩見沢にまつわる副賞......お米、農産物、ワイン、加工品など岩見沢の協賛企業からの副賞をご用意します。

審査員紹介

久美 沙織(くみ・さおり)



1979年『小説ジュニア』にてデビュー。 1984年から集英社コバルト文庫において発表した「丘の家のミッキー」シリーズで人気を博し、氷室冴子らとともに「コバルト四天王」として少女小説 を中心に活躍した。SF、ゲームのノベライズ、ホラー、ミステリー、エッセイなど、 多彩なジャンルで活動。 個人サイト 久美蔵(くみくら)kumikura.jp にて『夢の音海の色』無料配信中。

伊藤 亜由美(いとう・あゆみ)



北海道小樽市出身。株式会社クリエイティブオフィスキュー代表取締役。プロデューサーとして鈴井貴之監督作品「man-hole」「river」やTEAM NACS全国公演「LOOSER~失い続けてしまうアルバム」を皮切りに、数多くの作品で采配を振るう。食、観光、地域産品等北海道の様々な魅力を全国に伝えたいという思いから、映画『しあわせのパン』(2012年)、『ぶどうのなみだ』(2014年)を企画。

辻村深月(つじむら・みづき)



1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。他の著書に『スロウハイツの神様』、『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』、『かがみの孤城』などがある。

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